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オーストリアには大学受験がない
日本で1、2、3月と言えば、受験の季節。受験生にとっては、寒い中、長い間がんばってきた成果を試す大変な季節です。 オーストリアには、日本でいうところのいわゆる「大学受験」はありません。音大などの芸術大学や高等専門学校などの、特別な高等教育のためには入試が必要な場合もありますが、普通のオーストリアの大学に入るための入試はありません。マトゥーラ(Matura)とよばれる、高校卒業資格試験に合格した人が得られる資格があり、この資格を持っている人なら誰でも大学に入学することができます。このマトゥーラは、基本的に、選抜を目的とした「落とすための試験」ではなく、高校まで受けた教育の到達度を測る試験で、例年、ほぼ大部分の人が合格しています。 オーストリアの教育制度
日本では、高校へ進学するのは大体当たり前なので、この方法だと全員の人がマトゥーラに合格し、全員が大学へ入学できるようになるという感覚になってしまいますが、オーストリアの教育制度は日本のものと大分異なっています。 6歳から10歳までは大体全員がフォルクスシューレ(Volksschule)とよばれる、日本でいうところの小学校へ行きますが、その後はさまざまな選択肢があります。 まず10歳のとき、小学校卒業の時点で、一般的な教育を受けるギムナジウム(Gymnasium 中学・高校にあたる学校)に行くか、職業訓練を主とした教育を受けることのできるハウプトシューレ(Hauptschule)に行くかを決めます。 大学へ進学したい人の多くは、ギムナジウムへ進学し、10歳から14歳まで下級クラスで学んだあと、14歳から18歳まで上級クラスへ行き、最後にマトゥーラを受けます。 ハウプトシューレに進学すると、14歳の時にギムナジウムへ進学するか、もしくはさらに技術的な職業訓練を受けられる学校へ進むかという選択があります。もしくは、レアリング(Lehrling)とよばれる見習い修行をするという選択もあります。見習いを選択した人は、マイスターとよばれる師匠(Meister)につき、職人、師匠とキャリアを積みます。まれに、あとになってから社会人入学資格を取得する人もいます。 どの学校も、例外を除いて、入試などはありません。 個性尊重
日本では、大学卒業まではほぼ全員が同じような教育を受け、ほぼ全員が同じような道を進むというような感じがありますが、オーストリアでは少し異なります。 10歳の子供に将来を選ばせるのは早すぎるのではないかという批判もありますが、おもしろいのは、オーストリアではエリート意識が強く、教育による社会的な地位の差が大きいにもかかわらず、すべての子供がギムナジウムへの道を選ぶわけではないということです。どの道を選んだとしても、それはその人の「個性」となるからです。大学で教育を受けた人はそれなりの社会的地位を得られるけれども、それがすべてではなく、自分に合っていて、自分が好きな仕事をしながら生活したいという意識が高いという印象を受けます。特に見習いをして手に職をつけ、師匠となった人は、学歴がなくても自分で店をもつことができるなど、経済的な安定もあり、社会的にも認められています。 「どの大学に行ったのか」ではなく「何を勉強したのか」が大切
オーストリアと日本の大学で決定的に違う点は、「偏差値」です。 大学へ進学したいと思うのであれば、ギムナジウムに進学し、怠けずに勉強していれば、塾通いなどせずに大学へ入学できます。そしてオーストリアの大学は、ほぼすべての大学が国立で、レベルの差がありません。大学間の差といえば、特別な学部の有無、そしてどんな教授がいて、どんな研究がなされているか、という特色です。 オーストリアで一番大事なのは、日本で一番大事である「どの大学に行ったのか」、ということではありません。「何を専攻して、何を学んだのか」ということです。 少し冷静に考えてみれば、これはまったく普通のことです。日本の「エリート大学」にいて、日本ではそれだけですでに信頼を得てしまうような人でも、一歩海外に出ればその効力はまったくなくなり、その人自身が評価されます。つまり、「何ができるのか」が大事なのです。これは、英語の前置詞がパーフェクトにできる、歴史の年号が唱えられるか否かということではなく、外国語でコミュニケーションがとれるか否か、「産業革命」が今日に及ぼす影響について語れるか否かなのです。 教育費
ちなみにオーストリア人とEU圏内の人が払う学費は、1学期約4、5万円です(そのほかの外国人は2倍払います)。日本の国立大学の学費が一学期約25万円だと考えると、かなり差があります。そして日本の子供のように、塾や習い事漬けの子供もあまり見かけません。なので、子供の教育費もかなりの差があるのではないかと思います。 視野を広く
もちろん、オーストリアの教育制度も完璧なものとはいえないし、日本の教育制度がとても悪いというわけではありません。 しかし、ひとついえることは、海外へ少し目をやると、自分の国では当たり前だと思われていることがまったく違うことが多い、ということです。 どちらがいいのか、悪いのか、という議論はあまり意味がないと思いますが、自分が住んでいる場所で当たり前だからといって、義務感に追われてストレスを溜めてしまうよりは、少し目を外にやって冷静さを取り戻すのは悪くないのではないかと思います。
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